思いがけず、見つけたもの

もう10日目になりますが、暑い日ではあったけれど、かかわっているグループの事務所でPC入力の作業があり、車が停められない場所なので、がんぱって自転車で行った。(どちらかと言うと、写真を撮りたかったからというのが正解かなヽ(^o^)丿)

せっかくなので、しっかり暑さ対策をして、首に保冷パックをまきながら、行きがけには蓮池により、でも昼過ぎなのでもう、花はあまりなく、

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でも、睡蓮のほうは、丁度見ごろの時刻。

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残念ながらPCトラブルで作業が出来ず、いつもPCの保守できてもらっている業者にも連絡がとれないということで、仕方なく、途中で帰ってきた。なんでも、メインのPCがトラブルになり、そのため他のPCも使えないのだそうで、PCは、トラブルが発生するとお手上げになってしまうので、困りますね。アナログならいかようにも出来るようなこともできなくなるからねえ。

思いがけず早い時間にかえることになったので、帰り路、きよみず公園を少し散策して見ることにした。

とはいうものの、とにかく暑い日だったので、陽のあたるところには行きたくないなあと思って、清水寺の方を(ここは日蔭なので)散策して見た。

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ここには、このような句碑がたくさんあり、以前にも何回か訪ねたので、新たな発見はないかと思っていたけれど、見逃したものがたくさんありました。

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暗くてよくわからないかと思いますが、興味のある方はクリックして大きくしてみてくださいね。千手観音の石仏がたくさん並んでいます。

上の写真の石碑の右横の千手観音の石仏。


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本堂を拝んで、右横に回ってみて驚きました。

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本堂の右横にはたくさんの石仏が。

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この中にはどれだけの想いがつまっているのでしょうか。

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鐘つき堂

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この前にも句碑と千手観音の石仏

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慶のおばあちゃんは、いわゆる背骨の曲がった(慶が子どものころはお年寄りは背中が曲がっているのが普通でした)おしんのような生き方をしたおばあちゃんで、「背負い水」(人間は背負える水しか背負えない。早く使えばそれだけのこと。使える水しか使ってはいけない)等、いろんな事を背中で教えてくれた人でしたが、「お天道様」をおがみ、お地蔵さんを拝み、便所の神様を拝み、田舎道を一緒に歩いていても、しょっちゅう何かを拝んでいました。

深く深く、曲がった背中をさらに丸めて、心から拝む姿は、それこそ「仏」のように慶には見えました。

きっと、そんな素朴な心から祈りを込めて拝んでくれる人が何人もこの前にいたのだろうなと、思いながら、暑い暑い中でしたが、心にいい風が吹きました。

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この記事へのコメント

2011年07月24日 16:17
慶さん、こんにちは

蓮の花と仏様・・・
そして、慶さんの素敵なおばあちゃんのお話。
なんだか涙が流れてきます。
そうやって一つ一つの出来事に、
出会いに手を合わせて拝むおばあちゃんと
過ごした慶さんだから、花や昆虫や人との出会いに敏感なのかもしれませんね。
今bellは、背筋がシャンとして清々しい気持ちです。
2011年07月24日 19:15
慶ちゃん、こんばんは。
蓮の花撮ってきましたね。忙しい慶ちゃん時間がなかな難しいですよね。睡蓮は昼でも良いですね。初めて知りました。おばあちゃんの話良かったですよ。昔の人は普通のことを何でもありがたく感じていたからね。東北の人達は普通が幸せってつくづく思っていらっしゃるでしょうね。
今日は黄花コスモス少し撮ってきました。今度は本物ですよ。
2011年07月24日 22:42
おばあちゃんのお話、興味深く拝読しました。昔はこういう方がいらっしゃたのですね。そういう方々の思いが、石仏の一つ一つの中に込められて、こういう場所では生きているような気がします。
椎陰や菅雅という俳人のこと、検索すると出てきますが、当然ながら、静岡にゆかりのある人たちなのですね。拙叟という人は分かりませんでした。江戸時代にはすでに、京都や江戸ばかりでなく、地方でも俳諧が盛んだったのでしょうね。
やまぶどう
2011年07月25日 07:38
お早うございます。
このところ植物観察ばかりで、史跡探訪がお留守になっていました。
いろいろな石仏がありますね。
時間を作って行ってみたいです。
石仏の作られた時代背景なども、調べると面白いです。
2011年07月25日 10:04
bellさんへ
 おはようございます。
 よく、お地蔵さんにもお花が供えてあったり、前かけや帽子のかわいいものが掛かっていますが、きっと毎日拝んでくれる人がいるんだろうなあって暖かい気持ちになりますよね。慶もそろそろ、おばあちゃんの年齢に近くなってきましたが、なかなかなんにでも感謝するっていうことは出来ません。大概不満不平です。この石仏たちを見ていたら、前におばあちゃんが見えました。何にでも、ありがたいありがたいと言っていたおばあちゃんの口癖、見習いたいものです。しかし、その境地には、慶はあと何年かかるかなれるかです。bellさんも感受性の豊かな方ですね。実はこの記事書きながら、泪が出てきちゃったんですよ。bellさんにはわかっちゃったみたいね。こちらこそ、ありがとうございます(^O^)
2011年07月25日 10:15
山ちゃんへ
 蓮の花、開いたり閉じたりして、2,3日はさいているみたいです。でも開くところは朝でないと、見れないんですって。夕方見に行ったら、やっぱり花は傷んでいました。睡蓮は昼ごろにかけて開花です。ヒツジグサの名前は未の刻に咲くからですから。
 昔は特に天候に左右されましたからね、お天道さんがでればありがたい、乾けば雨がありがたい、毎日ご飯が食べられてありがたい、何にでもありがたいと心から言えたんですね。今はあって当たり前なので、ちょっとのことでついつい不満を言ってしましまいますね。反省反省です。でも、何でも素直に感謝する気持ちが持てるようになるにはまだまだ先のようです。
2011年07月25日 10:33
エフ・エムさんへ
 今でも、お日限地蔵さんに毎月欠かさずお参りする人、お地蔵さんを毎日拝む人いらっしゃいますが、もう、自分もそういう年になりつつありますが、なかなか出来ません。素直に何かに感謝すると言うことはとても難しいですね。無心で拝んでいた人たちの姿が感じられたひと時でした。
 ここに句碑があることは知っていましたが、あまり、俳句のことは知らなかったので、静岡にもたくさんの俳人がいたんだなと思いました。ちょっとここで一句でしめたかったんですが、残念ながら、何も浮かんでこず…、まだまだ、修業は足りませんね。
2011年07月25日 10:41
やまぶどうさんへ
 こんにちわヽ(^o^)丿
 やまぶどうさんも史跡がお好きでしたね。慶もやまぶどうさんの記事を見て、ちょっと注意して見るようになったんですよ。
 清水寺の事、調べてみたんですが、あまり、資料がないんですね。静岡では千手観音を祀る寺は珍しいようですね。山肌にへばりつくようなところにもいっぱいありました。もうお首のなくなってしまったものがたくさんあったんですが、なぜなんでしょうね。頭だけ持って行ってしまう人がいるんでしょうか。割れてしまったんなら、かけらでも残っていそうなものですが、頭だけ見当たらないんですよ。

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